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2012年11月 3日 (土)

三浦つとむと「作者の死」

 ロラン・バルトは評論「作者の死」(「物語の構造分析」に収録)で、テキストの作者がその作品において何を意図したかは、その作品の解釈にあたる上で重要ではないと言った。つまり、テキストの成立は作者一人の声のみに依るのではなく、既存のテキストを含んだ外部の影響に依っているからだという。

 これは文章を読むこと、あるいは評論とは、背後にあるとされる作者の意図を掬い上げることだというのはある種の幻想であり、又、作り手の方からいうと、自分自身の中に立ち上がる純粋で主体的な「意図するもの」があるとするのも幻想だということだ。本当はそんなもの何処にもないということだろう。
 ソシュールを祖とする構造言語学によると「意図するもの」とは言葉と不可分に結びつき、その影響下にあり、そして言葉は集団内において構造化され、我々はそこから出られないからである。
 従って、作者個人が主体的でオリジナルな作品を創造するというのは幻想であり、言ってみれば、文章に限らず、総ての作品の成立には歴史も含めた、作り手、使用者という集団内の皆の参加が必須なのだ。決して作者個人の業ではない。これは工芸職人として、あるいは絵の描き手としての私が実感していることでもある。

 しかし、多くの人は、このことを簡単には受け入れない。そして作者の「主体的立場」を無視したのでは表現の理論は成立しない…として、時の構造言語学に真っ向から対峙した人がいた。三浦つとむ(1911年~ 1989年)だ。
 彼はソシュール言語学を、言語構成観に基づく言語理論であると批判し、言語過程説を打ち立てた時枝誠記の後を受け、その理論を修正し、進化させた。そして、…私はこのことについてだけは同意するのだが、三浦の発想の根本は、時枝と同様に、言語は絵画や彫刻などと同じ表現の一種だとしたのである。

 三浦は著書で、「これまでの言語の解説にはこのようなやりかたをしたものはありませんが、実は絵画の性格について正しく理解することが言語の正しい理解のためにどうしても必要なのです。」と前置きして、表現においての言語と絵画、あるいは写真の共通する要素を述べるのだ。

Photo

 たとえば、上の絵はテーブルの上に置かれた花を写生したものである。これらの絵は現実に存在するテーブルと花を描いたものだが、左右の絵はそれぞれ異なっている。右はテーブルの上面が描かれ、左は描かれていない。これは何を意味しているかというと、写生する作者の目の位置が異なっているということである。このことは「写生されたり撮影されたりする対象物の表現と思われがちな絵画や写真は、実はそれと同時に作者の位置についての表現という性格も備えている…」ということだ。さらに作者の独自の表現や作者の感情もそこに併せ持つ。

 つまり、客体についての表現は、同時に主体についての表現を伴っており「絵画や写真は、客体的表現と主体的表現という対立した二つの表現の、切り離すことの出来ない統一体」として捉える事ができるという。

Photo_2

 上の図は家で写生をしているところだ。この場合、作者は現実的な視点で家の内部の様子を写生しているといえるのだが、知人か何かに家の所在を知らせたい時は地図を描く。この場合、作者は記憶を基に想像し、上空からの視点に移行する。これは観念的な視点だ。
 三浦は、それを観る作者の視点は現実的な視点と観念的な視点とに二重化されており、これを観念的自己分裂といった。そして表現とはそうした認識の物質的摸像であり、鑑賞者は観念的に作者の立場(視点)に立って対象を眺め、追体験をするという。その追体験する対象世界とは作者の現実的な視点からの世界であり、又、作者の観念的な視点からの世界である。かくして作者の「主体的立場」を無視したのでは表現の理論は成立しない…ということになる。
 そして言語もこうした表現の一種であるというのだ。

 言語表現においては、<対象>→<認識>→<表現>という概念成立の過程的構造は言語を用いて表現されることにより止揚されるのだという。鑑賞者はその背後にあり表には見えないとする過程的構造、つまり作者が対象から感覚器官を経て感性的に得たとする個別の概念成立過程を逆に辿ることによってそれを追体験し、その追体験こそが意味の理解となるという。

 私は三浦つとむのこうした著作から、直感的に受け入れられないものを感じた。それに彼が言う「実は絵画の性格について正しく理解することが言語の正しい理解のためにどうしても必要です」…が、既に誤解の上に立っているのだ。そもそも三浦は「絵画の性格」を誤解しているのだ。

 絵とは三浦がいうようなものではない。三浦が絵画としているのはあくまで写真のことであり、写真と絵は違うものである。画家が視点というものを意識する、あるいは発見するのは写真が発明されて以降のことであり、それは写真の光学的原理という人間の機能の外にある機械工学によりもたらされたものなのだ。
 ここでいう写真とは手描きの写真、すなわちカメラオブスキューラにより発明された透視法絵画も含むのだが、そうした写真作品が日本に到来し、流布されるのはおおよそ、江戸後期であり、それまで日本、あるいは各地の絵には視点を持ったものなどなかったし、そうした発想もなかったのだ。

 たとえば源氏物語絵巻などを見ても解るように、そこには三浦が言う作者を想定できるような視点など存在しない。一般的に日本の絵は視点が決まらない「多視点図法」「鳥瞰図法」と呼ばれているが、この命名は写真の発明により視点が発見され、そうした枠組みで構築された西洋美術からの一方的な命名であり、視点などはそもそも存在し得なかったのである。
 何故なら、絵とは三浦が考えているようなものとは根本的に違い、絵を描く対象とは視覚が感性的にとらえた現実の世界などでは全くなく、画家の記憶に蓄積されたものの形、図像、あるいは絵手本を素材に行われていたからである。日本の絵師は絵手本を臨画することによって絵を制作していたのだ。
 こうした作業がはるか昔より延々と続けられ、そして現在においても続けられている。そのことはマンガやアニメ制作の現場に行けば直ぐにでも理解できるだろう。

 三浦が考えていたような絵画制作、それは光学機器なしで体一つで現実世界を感性的に捉えるという、たとえば印象派がするようなスタイルにおける絵画制作は、永い美術史においてほんの一瞬間の出来事であり、言うなれば特殊な出来事なのだ。そして印象派にしても文字通りのことが成されていたかどうかははなはだ疑問である。それはそうした行為は信仰としてはあり得るかも知れないが、実際には人間の脳の機能が簡単にそれを許してはくれないからだ。

 マンガ家はスタジオにこもり、机の上でモデルも置かず空で登場人物を描いていく。そのマンガ家の頭からアウトプットされる登場人物はいったい何処から来たというのだろうか。三浦が言うように現実の人物をマンガ家の感覚器官を介し、感性的に摸像され、やって来たのでは断じてない。それは彼が過去、読みまくり描きまくったマンガの人物の脳内における蓄積であり、その膨大な図像の蓄積の断片を引き出し、組み合わせることにより、彼が望む如何なるシーンにおいても、あるいは如何なる表情、意味、姿勢に適合させるのである。そして彼の頭の中にある蓄積された図像は既に意味と規範を持ち、その図像は意味と規範と共にマンガの読者にも共有されているのだ。これは絵師が制作する絵巻物と構造を一にするだろう。
 すなわち、絵画表現とは作者の感覚器官を介し、作者が感性的に捉えた現実世界というものがその源であるとするのは思い込みなのだ。そして三浦の言語理論はこうした思い込みを基に構築されたのだ。

 こうした絵の性格を仔細に検討すれば、絵の制作においてもソシュールの言語論、あるいはバルトのテクスト論にすんなりとはまるではないか。これが私が言語は絵画や彫刻などと同じ表現の一種だとする三浦の発言に唯一賛同できるとした所以だ。
 もし、三浦つとむがマンガの愛読者だったなら、彼の理論構築の方向は変わっていたかも知れない。

(関連記事)
三浦つとむvsピクシブ絵師 

http://manji.blog.eonet.jp/art/2012/11/vs-258e.html

(参考ブログ)
言葉・その周辺 
http://okrchicagob.blog4.fc2.com/blog-entry-110.html
モノロゴス http://wwmd.cocolog-nifty.com/main/cat1412568/index.html
数学屋のメガネ http://blog.livedoor.jp/khideaki/archives/cat_50006067.html

 
 
 

 
 
 

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