2016年9月21日 (水)

俳画を作る(2)

 2016年9月19日、台風の近づく敬老の日に、篠山市の格式ある武家屋敷の小南邸で、私の…、いや、私たちの俳画が完成した。観衆の見守るなか、俳人早瀬淳一氏が自句を揮毫されたのだ。
 氏が下書きとして練習されたのには、少し驚いたが、これが氏の持ち味なのだろう。思い描いた文字の大きさや筆触、配置を完璧に追行したいという彼の性格だ。

 この俳画の完成において、新しい発見があったので、記さなければと思う。

 それは前回取り上げた、早瀬氏の句は、虚子の「去年今年貫く棒の如きもの」が下敷きになっているのでは、という問いに、動画を見ても解るように、氏は「当然」だとあっさり言われた。そして虚子の句が「本歌」と言ってもいいとも言われた。

 恐らく、言葉の世界とはそういうものなのだろう。そして画の世界にも同じことが言えると思う。そしてそれは意識しようが、しまいがに拘わらずである。

 それというのも、私が「ろくろ首」に見立てた糸瓜(へちま)は、前回言ったように、若冲の「糸瓜群虫図」が「本歌」なのだが、それが思いもよらず、正岡子規の最後の句が「糸瓜(へちま)」に拘わる句であり、その子規の命日を糸瓜忌と呼ぶことをこの時教えてもらったのだ。そしてそれが、驚くべきことに今日、9月19日だったのだ。

 「痰(たん)一斗 糸瓜の水も 間に合はず」
「糸瓜咲いて 痰のつまりし 仏かな」
「をととひの へちまの水も 取らざりき」

 114年前の9月19の死の前日、子規はこの三句を仰臥したままで記したという。私は今日の今日まで、そのことは全く知らなかったが、この偶然は起こるべくして起こったのだと思う。正にこの時、子規と虚子、そして若冲、あるいは早瀬と岡田の俳画を通じて、何かを…期せずして…起こるべくして…、共有したのだと思う。それはユングの言うシンクロニシティかも知れないし、我々の想像をはるかに超える、言葉や画の持つ根本的作用なのかも知れない。

09_2

丹波篠山アートフェスティバル 小南邸展示は25日まで。22日午後1時から後川小学校跡講堂で早瀬氏とライブ俳画を行います。この時、早瀬氏が下書き、練習をしないことを切に祈っています。

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